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【ラブクラフト】第9回:未知なるカダスを現実に求めて(The Dream-Quest of Unknown Kadath)

      2020/01/29

ラブクラフトのオススメ作品を紹介するコラム、今回は『未知なるカダスを夢に求めて』(The Dream-Quest of Unknown Kadath)をご紹介します。ラブクラフト作品と言えば、現実に根ざした『すぐそこにある恐怖』や宇宙的恐怖などが特徴ですが、それと同時に大自然の美しさや非現実的なものの美などについても描写が細かいことはラブクラフト作品を真に楽しんでいる人にとっては周知のこと。そしてこの『未知なるカダスを夢に求めて』は、そんな非現実的な幻想描写が多分に含まれた冒険活劇なのです。

未知なるカダスを夢に求めて ラブクラフト傑作集

あらすじ

主人公であるランドルフ・カーターは、夢の中で『とても美しい落陽の都』を見ます。どこのどんな世界なのかも分からないその場所に恋い焦がれるカーターでしたが、どういうわけか実際にその都を歩き回ろうとするといつも目が覚めてしまうのでした。それどころか、ある日からその都を夢に見ることすらできなくなってしまうのです。

それはどうやら、大いなる存在がカーターからその都を隠してしまったからである様子。どうしてそのような存在がその都をカーターに隠したいと思ったのかは分かりませんでしたが、カーターは、この大いなる存在に謁見し、あの美しい都をもう一度自分の夢の中で見たいと考えるようになります。

こうしてランドルフ・カーターは、大いなる存在のもとへと赴き、自らの願いを聞き入れてもらうことを決意するのです。たとえそれが、誰も知らない『カダス』という未知なる場所にあり、そこに至るまでにどんな困難があったとしても。

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原文の特徴

前述したように、ラブクラフト作品の多くは非現実的な描写だけでなく、現実的な描写も特徴的で、多くの場合、超常的な現象が扱われているにも関わらず、あくまで現実的な描写でそれが描かれているところにひとつの毛色とでも言うべき特徴があります。しかし、この物語は全てがランドルフ・カーターという人物の夢の中でのことなのです。それゆえに、非現実的な美しい景色や恐ろしい景色が多く登場します。

また、夢が連続したひとつの夢であることを強調するためか、章で分けられてもいません。しかし全体としては展開が非常にスピーディで、一気に読めてしまうスリリングな冒険譚であると言って過言ではないでしょう。

このような世界観であるため、現実には存在しない化け物の名前が当たり前のように登場したり、非現実的な特徴を持つ道具などが登場したりすることもあります。他の作品とも内容がリンクしているため、読んでいて理解しにくいところや、完全には理解できないところもあるかもしれません。ただ、そういったところについては『そういうもの』としてあるがままを受け入れることができれば問題ありません。

The Dream Quest of Unknown Kadath: Volume 1: Lovecraft Illustrated

単語の特徴

特別な登場人物や化け物、地名などが登場するのに加えて、現実の地名も登場するため、慣れないと少し混乱するところがあるかもしれません。ただ、それよりも原文で目立つのは誤字の多さです。これは参照する原文の出版元やそのバージョンにもよる可能性がありますが、長文であることも手伝ってか、ミススペルと思われる単語がそれなりに数えられるのです。それが特別な単語と組み合わせて用いられるため、知らない単語に出会ったときに意味を調べようとすると苦労することもあるかもしれません。

ただ、ミススペルと思われる単語がそれなりにあると言っても、内容に支障をきたすような数存在するわけではありません。ミススペルと考えられる単語は元の単語のスペルを知っていれば充分に自分で意味を補うことができますので、普段から洋書を読んでいる人や単語力が充分についている人にとってはさほど問題にならないでしょう。

このように、造語やミススペル、特別な固有名詞などに対応できるかどうかは、結局のところ、基礎的な単語力やこれまでの読書量に帰するところが多いと言うことができます。少し特殊な小説を読むからと言って、特殊な語彙が求められるとも限らないのです。

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文法の難易度

作品自体が長くなっているため、中には文法的解釈が難しい文章も含まれます。倒置法や省略などが縦横無尽に駆使された文章を読み解いていくことは、それなりに文法知識を要求することでしょう。しかし、だからこそ足りない文法知識を確認するのには良い機会であると言えます。

また、前述の通り、物語のジャンルは冒険活劇であるため、物語の構造自体はとてもシンプルです。伏線と言える伏線も無いわけではありませんが、覚えていなければ成立しないような繊細なものではなく、前に一度出てきた内容が後の方で再登場するといったような程度のことで、理解に大きな支障をきたすようなものではありません。

作品としての面白さ

この作品は、他のラブクラフト作品と異なり、化け物と出会いながら、上手く立ち振る舞うことで目的を達成しようとするというものになっています。他のラブクラフト作品では化け物や怪異と出会うこと自体が破滅の一歩手前であることと比べると、こうした怪異と出会いながらも可能な限りその対象を撃破しつつ、時には利用しつつ目的を達成しようとするランドルフ・カーターの姿こそ異様に映るかもしれません。

しかし、だからこそ普段とは違うラブクラフトを楽しむことができるというのもまた一理あります。また、そういうものとしてこの作品を楽しめる人は、それなりにラブクラフトという作家の作品に慣れ親しんでいるはず。そこでおぼろげながらに手に入れてきた知識が、ランドルフ・カーターという主人公が見る夢の世界に存在するものと一致していくのはある種のパズルが組み合わさっていく感覚すらあるはずです。

そして『夢の中』が舞台となる作品は、この『未知なるカダスを夢に求めて』だけではありません。そしてそういった夢の中を舞台とした作品で、その怪異に関わった人間がどうなってしまったのか、それを知る人も決して少なくないはずです。

では、ランドルフ・カーターが見たこの夢は、果たしてただの夢なのでしょうか。全ては現実と切り離された夢幻に過ぎないのでしょうか。クトゥルフ神話を知るあなたなら、決してそうではないことを理解しているはずです。

それなら、ランドルフ・カーターの夢を追体験した私たちは? ランドルフ・カーターの冒険活劇を観客のつもりで追っていた私たちは、この物語を読んでいた間、一体どこに存在していたのでしょうか。身体は確かに現実世界でしょう。しかし、精神は? ひょっとするとこの物語は、あなたを現実世界から乖離したどこかへといざなう片道切符かもしれないのです。

そんな上質な物語を、ぜひお楽しみください。

 - 堂本秋次の書斎