学ぶとは、マネることである。

【シャーロック・ホームズ】第9回 親指を立てられない話 (The Adventure of the Engineer’s Thumb)

      2020/01/14

シャーロック・ホームズの短編を紹介するシリーズ、今回は有名どころから『技師の親指(The Adventure of the Engineer’s Thumb)』を紹介します。シャーロック・ホームズと言えば理路整然とした推理と謎解き、そして僅かな状況証拠から真相を暴いていくのが作品の醍醐味ともされていますが、それだけではなく、冒険活劇のような作品も決して少なくないのです。

技師の親指は、まさにそんなアドベンチャーとしての物語。ワクワクドキドキしながら、どんな結末と真相に繋がっているかを見ていくと良いでしょう。その中で、『本当の英語力』について考える機会を得られるかもしれません。

技師の親指 シャーロックホームズ傑作集

あらすじ

ある朝、ワトソンの元を訪れた急患。それ自体は決して珍しいことではないにせよ、そういった急患はとても重体であることが多いため、ワトソンは慌てて診察に向かいます。とても恐ろしいことがあったという患者の話を聞いてから赤く染まった手元のハンカチを除けてみると、そこには在るべきはずのもの  親指がありませんでした。

如何にしてその男は親指を失うことになったのか? 男が経験した恐ろしい一夜の出来事とは? そして男はその出来事から如何にして生還することができたのか? スリルとサスペンスに満ちた冒険が、今、ワトソンの手によってシャーロック・ホームズへと持ち込まれようとしているのです。

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全体の文章について

物語としては、特に大きな伏線や複雑な物語の構造になっているわけでもありません。ホームズの推理というのもすんなり終わってしまうもので、やはりその解決編に至るまでの道中を楽しむタイプの物語であると言うことができるでしょう。

それはつまり、物語としては非常に読みやすい部類に入るということです。難しいレトリックなども無く、理解が追いつかないことによって物語から置いてけぼりをくらうということも無いはずです。物語の速度も、性急でもなければ緩慢でもありません。『今何が起こっているのか』が分かりやすいので、すっきりと読み進めることができるはずです。

ただ一方、この怪我をした男というのが『水力技師』であり、その能力(と、ちょっとした事情)を買われて依頼を受けるところから事件の回想が始まります。そのため、例えば酸性白土といったような専門的な用語が出てきてしまうのです。

専門用語が出てきたときはどうすれば良いか

技術書や専門書を読んでいて、その分野の専門用語が出てきたとき、その意味が分からないなら、調べなければいけないでしょう。その知識を前提として文章が書かれている可能性が高く、それをないがしろにして先に読み進めても理解が深まらない懸念があるからです。

しかし小説などにおいて専門用語が出てきたらどうでしょうか。小説の読者は、大抵の場合は専門家ではありません。そのため、小説の中のどこかで、その専門用語についての説明があるものなのです。この説明がある場合、それは物語に高尚さを与えるための衒気であることもありますが、特に推理ものやミステリーだと、物語の構造に大きく関わっている要素であることもあります。

一方、小説で専門用語が出てきているにも関わらず、その用語の説明が一切されないということもあります。こういった場合、それが物語の構造に大きく関わっている要素ということはおよそ無いでしょう。理解されないままに物語の構造に取り入れたとしても、読者が納得できるものではないからです。

つまるところ、小説において何か専門用語が出てきたなら、その周辺で説明が入ることが期待されますので、そこを読めばOKです。逆にその説明が入らない場合、『何だか専門的なことを言っているな、そういうシーンか』という程度の認識でおおよそOKなのです。言い換えれば、そのシーンでキャラクターが何を言っているのか理解できなくても、それが正常であるというシーンも往々にして存在するということです。

このように、英語を読んでいる中でも、必ずしも全てを理解する必要があるとは限らないということもあります。ただ、『あぁ、理解できないけどこれはそれで問題無いだろう』と考えるためには、ある程度の英語力が必要でもあるため、自己判断が難しいのが悩ましいところです。

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理解できないシーンだと理解する

この『技師の親指』の中で、依頼人の男は「恐ろしい目に遭ったが、どうして自分が生きて戻って来られたのかわからない」とも語ります。自分は確かに死ぬような目に遭って、自分を殺そうと追っ手も迫っていたところ、その道中で気を失ってしまったにも関わらず、気付くと生還していたというのです。その際の状況もシャーロック・ホームズに語られることになりますが、やはり、依頼人自身が『何が起こったのか』を理解していないため、非現実的な説明になってしまうのです。

英語力に自信が無いまま読んでしまうと、この『非現実的な説明』を「まさかそんなわけがない、自分の英語力が無いために何かを読み落としているのだ」と考えてしまうこともあるかもしれません。しかし実際には、そのシーンは『何故かそうなった』という程度の理解さえあれば充分であるシーン。これもまた、『理解できないこと』が正しいシーンであると言うことができるでしょう。

正しく英語を読むということ

シャーロック・ホームズの中には登場しませんが、世の中には叙述トリックというものも存在します。登場人物にとっては明らかであるのに、その物語が文章で語られているために、読者にだけは奇妙な勘違いが発生したままになるというようなものです。例えば、一人称が『俺』のキャラクターが実際には女性であるといったようなものが考えられます。これは小説の登場人物にとっては何も違和感が無いことですが、そのキャラクターが男性であると誤認しながら読み進めていく読者は、何処かで違和感を覚えることになるわけです。

このように、語り手側に作為がある場合や、シャーロック・ホームズの依頼人のように語り手自身が理解していないものを認識した状況の通りにただ説明するような場合には、非現実的な説明が成されることが珍しくありません。そしてこういった描写に当たったとき、それを『これは理解できなくても大丈夫だ』とか、叙述トリックなら『何かおかしいぞ』と思えるかどうかは、やはり基本となる英語力に関わっているのです。

つまり、英語力の向上とは、理解できるものを増やすことであると同時に、『理解できないこと』をそうであると理解し、それが正しいと考えられるようになることでもあると言えるでしょう。分からないことを憶測で補ってなあなあに理解するのではなく、与えられた情報から分かることを整理し、それでも理解できない部分は不要と考えるか情報不足と考える。それがひとつ上の英語読解に繋がるのかもしれません。

 - 堂本秋次の書斎