学ぶとは、マネることである。

【シャーロック・ホームズ】第8回 不完全な物語を銀の炎(Silver Blaze)で焼く前に

      2019/11/13

シャーロック・ホームズのオススメ短編を紹介するコーナー、今回は少しマイナーな短編をご紹介します。その名もシルバー・ブレイズ事件(白銀号事件)。ホームズの推理が冴え渡る、推理小説として読める名作です。
シルバー・ブレイズ事件 シャーロックホームズ傑作集

あらすじ

大きな競馬のイベントで出走予定だった本命馬であるシルバー・ブレイズが姿を消した。そのような馬が消えたとなれば、誰の作為かと憶測も広がっていく。更にはその馬の調教師まで死体で発見されたということで、ホームズはこの事件の依頼を受けることになる。

最初は馬も殺人犯も簡単に見つかるだろうと踏んでいたホームズだったが、何日待っても捜査の進展はない。ついに実際の現場へと向かうホームズを待ち受ける、意外な犯人と馬の隠し場所とは。

物語の構造と文体

ホームズの短編をある程度読んだことのある人であれば、『いつも通りの話の流れ』と言うことができます。事件が発生し、手掛かりが示され、ホームズが調査と推理を披露、結末へ、といった展開です。このように、特定の作者にはその作者が好んで使うひな形やフォーマットが存在する場合もあります。

こういった枠組みに慣れていけば、それだけ同じ作者の物語を読むのが楽になるということもあります。もちろん、これは文体にも同じことが言えます。したがって、こういった類いの短編は、読めば読むほどに分かりやすくなっていくのが感じられるでしょう。

原文について

そんなシルバー・ブレイズ事件の原文は、比較的分かりやすく、特に難しい点はありません。しかしもちろん、それはあくまで基本的な文法ができていればの話です。どんな洋書もそうですが、『ちょっと英語が得意だ』と思って読み始めると、思った以上に苦労するということは決して珍しくないのです。そんなときには、基本的な文法に立ち戻ってみることも必要になるでしょう。

また、文法的には難しくなくとも、小説的な表現であるために直訳ができず、その文章が意味するところを理解するのが難しいということもあるかもしれません。シルバー・ブレイズ事件の中にもいくつかそういった表現があります。

こういった表現に出会ったなら、翻訳版の該当箇所を参照して、その翻訳者がどのように訳したかを確認してみるのも良いでしょう。そのような小説的表現はケースバイケースで、経験を積むことで推測できるようになっていくしかありません。逆に言えば、そのようにして経験を積んでいくことができれば、どんな小説でも読むことができるようになっていくということでもあります。

不完全な作品とその解釈

この事件は競馬に纏わる事件ではありますが、作者のコナン・ドイル自身は競馬についてそれほど詳しくなかったと言われています。そのためか、この作品における競馬の描写には、本来の競馬における規定を守っていなかったり、馬の出走条件が考慮されていなかったり、掛け率の表現がおかしかったりといったような、『明らかにおかしい』点が見られます。また、シルバー・ブレイズは実在する『アイソノミー』という名馬の子孫であるとされていますが、誤植のためにソモミーの子孫であるとされている場合もあります。

シルバー・ブレイズ事件は、このように粗が多い作品でもあります。しかし、その不完全性に完全な理論をつけるのがシャーロキアンの嗜み。例えば、この事件を公にしたくなかったという理由で、ワトソンが手記を残す際、敢えて馬の種類や競馬場などを特定できないように手を加えたために、結果としてちぐはぐな描写が残ってしまったという可能性はないでしょうか。それとも名馬の馬主がスキャンダルを恐れて出版前の原稿に手を加えた可能性は?

シャーロキアンから学べること

作者が創造する作品世界が常に完璧であるとは限りません。例えばSF作品において、『宇宙で爆発が起こったとしても、真空の宇宙でその爆発音が聞こえるのはおかしい』というような批判が見られることもあります。こういった、不完全な、あるいは『現実と矛盾する』作品とはどのように付き合っていけば良いのでしょうか。

ひとつは、その粗探し自体に興じるという遊び方もあるでしょう。ただ、それを公の場で、あるいはその作品を純粋に楽しんでいる人の前で明け透けに言うようではひんしゅくを買ってしまいますし、楽しんでいる人の興を殺ぐことにもなってしまいますから、それは避けるべきです。それでもこのような『粗探し』は、それがフィクションであり、物語や創作であることを確かめるという行為でもあります。これはある意味では、フィクションとリアルを分けて考察する行為であり、また、あるいは逆説的にフィクションの中にリアルを追求したいというロマン溢れる行為でもあるとは言えないでしょうか。粗探しをして、それでも何も見つからなかったら、その物語は単なる創作ではなく、現実にあり得る出来事の可能性を持つということなのですから。

そしてもうひとつの楽しみ方は、その矛盾に理由をつけることです。このように考えれば、この作品のこの矛盾は解消される。これもまた、その物語がリアルな出来事である可能性を考えるひとつのやり方であると言えるでしょう。そしてシャーロキアンの活動のひとつが、この『物語の中にある矛盾への挑戦』でもあります。

しかしこう考えてみると、粗探し自体を楽しむ行為も、矛盾を解消しようとする行為も、物語にリアリティを求めるが故の行為という点では共通していると言えます。そういった意味では、どちらが優れているでも劣っているでもなく、どちらも『より深く物語を楽しもうとしている姿勢』であるとは考えられないでしょうか。

シャーロック・ホームズの冒険譚に確認される、数々の矛盾や『現実的ではない描写』に向かってシャーロキアンがとる態度は、実はこのシリーズの物語だけに有効なのではなく、あらゆる物語を楽しむ上で有効なアプローチなのです。「こんなこと、現実ではあり得ないよ」と何かで感じたとしても、「もしも、それがあり得るとしたら?」と考えてみる。そうすれば、現実感の薄れと共に魅力も消え失せた物語をもう一度楽しむことができるかもしれません。

そして実は、その『想像力』こそ、このシルバー・ブレイズ事件の中でホームズが重要視する『探偵としての資質』でもあるのです。

 - 堂本秋次の書斎