学ぶとは、マネることである。

【ラブクラフト】第6回 冷気宿る部屋に花束を『Cool Air』

      2019/09/15

ラブクラフト作品を紹介するコーナー、今回は『冷気(Cool Air)』をご紹介します。ラブクラフト作品らしく恐怖というものを別の視点から捉えようとした傑作である本作ですが、特筆するべきは原文表現の面白さにあります。小説という媒体の奥深さを知ることもできるこの一編は、短さもあってとても読みやすいお勧めの一作です。

ラブクラフト短編集4

●執筆者・堂本氏の著作『ラブクラフト短編集4』に収録
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あらすじ

ニューヨークのある安下宿で暮らす『私』は、持病の発作を契機に上階に住む医者と懇意になります。その医者は少し不気味なところがあるものの腕は確かでした。特に不気味だったのは、彼の部屋がまるで冷蔵庫かと思うほどに冷やされていたことです。

その医者には他にも振る舞いに奇妙なところがあり、周りの人も少し持てあまし気味。『私』もいよいよ付き合いきれないと感じながらも何となく交流を持ち続けるのですが、それもある日、突如起こった事件により終わりを迎えます。医者の部屋をやり過ぎと思えるほど冷やしていた冷房が壊れてしまい、おぞましい真実がゆっくりと姿を現し始めるのですが……。

ラブクラフトと冷気

ラブクラフトは一時期ニューヨークに住んでいた時期があったそうですが、彼の性格と合う街ではなかったということで、かなり不遇に感じる時期であったとされています。そんな彼にとって忌まわしい場所、ニューヨークが舞台となっている物語だと思うと、読み方も変わるかもしれませんね。

また、一説によるとラブクラフトは冷房なども嫌いだったとか。ラブクラフトがどうして冷房を嫌ったのかについてははっきりしたところは分かりませんが、もしかすると……?

原文の冷気

基本的には非常に読みやすく、物語の流れも分かりやすくなっています。『クトゥルフの呼び声』のような、「今、何の話をしているのだっけ?」と感じるようなところもほとんど無いと言って良いでしょう。

ラブクラフト作品では、大自然や夢幻想の類いには描写が割かれる傾向にあり、逆におぞましい怪物や『思考して気付く怖ろしさ』については描写を省略することで読者の”思考”に恐怖を植え付けようとしているところがあります。この物語が読みやすいのは、『都会』が舞台であること、『夢幻想』の類いがテーマでないこと、そして物語の終着点が分かりやすく描写されているところに理由がありそうです。

しかし一方で、この原文をユニークにしている特徴も見られます。次の文章を読んでみましょう。

“He ees too seeck for doctair heemself—seecker and seecker all the time—but he weel not have no othair for help.”

これは、主人公の住む安下宿の主人である老婆、Herreroのセリフです。それまでは軽快に分かりやすい文章が続いているだけに、急にこんな文章が出てくると誤植かと思うかもしれません。誤植でないと思ってeesやseeckなどの調べてもそれらしい表現を引くことができず、苦労するかもしれない場面です。

実はこの表現は、Herrero夫人の喋り方をスペリングを弄ることで表現したものなのです。このスペリングに惑わされず、そのまま音で読んでみると、本当は次のように”言っている”ことが分かるのではないでしょうか。

“He is too sick for doctor himself—sicker and sicker all the time—but he will not have no other for help.”

こうなると、老婆が言っている内容もかなり分かりやすくなるはずです。

ラブクラフトの小説に限らず、例えば『訛り』や『アクセント』が強いことを示すため、スペリングを弄ってそれが表現されることがあります。英語自体になれていないと、こういったトリックを真に受けて急に読めない文章が並んでいるように感じられることでしょう。

英語の音を楽しむ

こういった風変わりな文章を理解する上で重要なのは”音”です。そのスペリングをそのまま発音したらどうなるか、それが既存の単語と比較するとどれと近いかということを考え、その単語と置き換えることが必要になるのです。

リーディングの際には発音が軽視されることもありますが、これは発音はリスニングやスピーキングの際に重視されることはあっても、リーディングの際には聞こえる音としては現れてこないからです。しかし実際には、文章を読んでいるとき、頭の中には”その音”が再現されています。そのため、リーディングのスキルを伸ばす上でも、発音を復習しておくことは有効なのです。そういった経験を通して初めて、こういったトリッキーな文章を楽しむこともできるようになるでしょう。

ちなみに、『音から単語を推測して既存の単語を置き換える』と書きましたが、この文章を原文ですらすらと読んでいるときに実際に「この単語はこれに近いから……」といったことが行われているわけではありません。その文章の音を頭の中でイメージしたとき、自然に元々何と言いたいのかがイメージされるというような感覚です。

同様の遊びが用いられた小説

実は、私がこうした『スペリングに工夫が加えられている表現』に出会ったのはこの『冷気』が初めてではなく、それはラブクラフト作品でもありませんでした。私が初めてこういった類いの表現に出会ったのは、高校三年生の頃に読んだダニエル・キィスの『アルジャーノンに花束を』です。

『アルジャーノンに花束を』は、”知恵遅れ”とされる主人公、チャーリー・ゴードンが、『天才になる手術』を受けて自分の知能を取り戻していくという物語です。この物語はチャーリーの日記として書かれているのですが、手術を受ける前のチャーリーの日記はスペリングも間違っていますし、句読点もまともに打てていません。それこそ、knowをnoと書いてしまうほどだったのです。

私がこの小説と出会ったのは日本語版からで、高校の頃の国語の先生が紹介してくださったのがきっかけでした。私が読んだ日本語版はスペリングの綴りが違うといったようなことを表現するために『ひらがな』だけを用いているという訳し方がされているバージョンで、先生が『英語版はスペリングが間違っていたり文法が違っていたりする』と仰ったのを聞いて自分で初めて洋書を買ったのを覚えています。それが私にとっての初めての洋書であり、初めて通読した英語小説にもなりました。『アルジャーノンに花束を』は小説としてもテーマとしても面白いので、ぜひ気になった方は読んでみてください。

どうやって日本語にする?

『アルジャーノンに花束を』でスペリングが弄られているのは、チャーリー・ゴードンの知能がそれを書くに充分でなかったからという理由ですが、『冷気』でスペリングが弄られているのは老婆の発声に独特のところがあったからという理由です。したがって、この老婆の言葉を全てひらがなにすれば訳出の際に充分な工夫がなされたと言えるわけではありません。

この老婆の言葉をどのように訳出するかは翻訳者の腕の見せ所であり、色々な翻訳のバージョンを読む楽しみのうちの一つにもなるはずです。あなたなら、こんな英語表現をどう日本語にするでしょうか。翻訳というものがただの日本語置換ではないのは、こういったところにも感じられると言えるでしょう。

●執筆者・堂本氏の著作『ラブクラフト短編集4』に収録
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堂本秋次
実務翻訳者、プロマジシャン。英検1級、国連英検A級、TOEIC965を保有。大学時代は、ネイティブスピーカーの教授の指導のもと、言語学を専攻していた。医学、自然科学等を専門とする多芸多才な翻訳者。 詳しいプロフィール / 記事一覧

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