学ぶとは、マネることである。

翻訳者・堂本秋次の『英語の小説をスラスラと読めるようになるための勉強法』

      2017/11/04

昨今、多くの海外作品が日本語に翻訳されています。そのお陰で、元々の言語を知らなかったとしても海外の名作と呼ばれる本を楽しむことができるようになりました。

しかし、作者の文体や原文を楽しむには、やはりその言語を学び、自分で原文に触れるのが一番です。そして学習者の方の中には、小説を英語で読みたいという理由から英語を勉強している方も少なからず居るかと思います。今日は、小説を英語で読めるようになるための学習方法について考えてみましょう。

英語の小説を読むときに考えるべきこと

言わずもがな、小説を読むために必要な英語力はピンキリです。児童文学なら簡単か、といえば必ずしもそうではなく、短編小説なら読みやすいか、と言えばやはり常にそうとは言えません。それは、それぞれの作家にはスタイルがあり、好んで使う語彙や文体、文法があるためです。

また、その作品が書かれた時代が中世に近ければ、例えば日本語で芥川龍之介や太宰治、夏目漱石などを読むときのような「ちょっと古い感じ」の言葉使いがメインとなり、それが読みにくさに繋がってしまうこともあるでしょう。あるいは作者が特定の地域の出身なら、その地域のスラングなどが多用され、それで読みにくくなってしまうかもしれません。

小説の難しさはここにあります。どんなに英語力があったとしても、「合わない作家とは合わない」のです。参考までに、いくつかの作品の文体を比較してみましょう。

  If you really want to hear about it, the first thing you’ll probably want to know is where I was born, and what my lousy childhood was like, and how my parents were occupied and all before they had me, and all that David Copperfield kind of crap, but I don’t feel like going into it. In the first place, that stuff bores me, and in the second place, my parents would have two hemorrhages apiece if I told anything pretty personal about them.
– The catcher in the rye(ライ麦畑で捕まえて)

  I had called upon my friend, Mr. Sherlock Holmes, one day in the autumn of last year, and found him in deep conversation with a very stout, florid-faced elderly gentleman, with fiery red hair. With an apology for my intrusion, I was about to withdraw, when Holmes pulled me abruptly into the room and closed the door behind me.
– Red-headed league(赤毛連盟)

  As I have said before, the weird studies of Harley Warren were well known to me, and to some extent shared by me. Of his vast collection of strange, rare books on forbidden subjects I have read all that are written in the languages of which I am master; but these are few as compared with those in languages I cannot understand. Most, I believe, are in Arabic; and the fiend-inspired book which brought on the end—the book which he carried in his pocket out of the world—was written in characters whose like I never saw elsewhere. Warren would never tell me just what was in that book. As to the nature of our studies—must I say again that I no longer retain full comprehension? It seems to me rather merciful that I do not, for they were terrible studies, which I pursued more through reluctant fascination than through actual inclination.
– The Statement of Randolph Carter(ランドルフ・カーターの供述)

  They waded out till the water was up to Sybil’s waist. Then the young man picked her up and laid her down on her stomach on the float.
“Don’t let go,” Sybil ordered. “You hold me, now.”
“Miss Carpenter. Please. I know my business,” the young man said. “You just keep your eyes open for any bananafish. This is a perfect day for bananafish.”
“I don’t see any,” Sybil said.
“That’s understandable. Their habits are very peculiar.” He kept pushing the float. The water was not quite up to his chest. “They lead a very tragic life,” he said. “You know what they do, Sybil?”
– A perfect day for bananafish(バナナフィッシュにうってつけの日)

これだけ見ても、「読みやすい」と感じる文章と、そうでない文章があるのではないでしょうか。ある人は「ライ麦畑で捕まえて」を冗長だと感じるかもしれませんし、別の人はそれをテンポが良いと感じるかもしれません。さらに「ライ麦畑で捕まえて(最初の引用)」と「バナナフィッシュにうってつけの日(最後の引用)」はどちらも同じ作者ですが、相当に文体が違うと感じるのではないでしょうか。

まずは自分が好きな文体、あるいは好きな作家を見つけること。日本語でも英語でも、小説を読むということを楽しむなら、それが大切なのです。

英語学習として英語の小説を学ぶ

単に英語力を強化するために小説を読むという場合(つまり、小説そのものを楽しむというよりは英語学習の一環として小説を読む場合)、小説独特の表現に気をつけなければなりません。

通常、小説が書かれるときは文法があまり意識されていないものです。何か明確な伝えたいメッセージがあって書かれる、例えばメールや企画書、意見文、記事などの場合、文法を意識することでメッセージをより適格に伝えることもできます。しかし小説の場合、敢えて文法を守らなかったり、そもそも意識せずに自由に書いたりすることで、より一層作者のスタイルや文体が引き立つこととなっているのです。

その小説で用いられている言葉の並びや語彙の使い方は、標準的な用法ではないかもしれない。それを念頭に置いた上で学習していかなければなりません。しかし、何が標準的な用法であり何がそうでないのかを理解するには、前提としてかなりの語彙と文法知識が必要になるでしょう。そのため、中級者〜上級者なら小説を学習の教材として利用することもできるかもしれませんが、初級者に対して小説を教材として用いるのはあまりお勧めできない、というのが私の考えです。

もちろん、例えば語彙を単に増やす、といったような目的で小説を読んでいく場合、分からない単語に出会う度に辞書を引けば、相当な語彙を獲得することができるでしょう。その作家のスタイルによっては、これまで意識したことの無かったようなタイプの単語がたくさん得られるかもしれません。ただ、敢えて小説を学習の教材として利用するなら、別の点に注目した方が良いでしょう。

小説ならではの勉強の着眼点

小説だからこそ学べることとして、「ある単語を用いた比喩がどこまで許されるか」といったことや、「どこまで文法を破っても伝わるか」といったことなどがあります。かなり攻めた表現をしている作家や、英語ならではの表現をしている作家が見つかれば、「なるほど、こういう書き方もあるのか」だとか、「(辞書にはないが)こういう表現もあるのか」といったようなことを発見することもあるかもしれません。

こうして表現に対してのクリエイティブさを磨くことができれば、自分が文章を書くときにも役立ちますし、他の人が書いた文章を読む際に、それをより深く理解できるようにもなります。また、例えば論文や学術記事といったような、「ちゃんとしたフォーマットのある書き方」と小説がどれほどに離れているのかということを理解することで、逆に「形式的な文章を書く際には何に気をつけるべきか」といったことが見えてくる場合もあるでしょう。

どうして小説を読むのか

以上のことを考えてみると、その表現への制限の少なさから、小説を読み込むことで例えば検定試験に有利になる、といったことは特別には無いと言えるでしょう。これは、小説を読み込む上で登場人物の心情を理解する能力と、論理的に書かれた文章の内容を理解する能力は全く別物だからです。学生の頃、国語の時間、「小説を読むのは好きだったが、評論などのエッセイは嫌いだった」とか、あるいはその逆だったという人は多いのではないでしょうか。

それでも何故敢えて小説を読むかと言えば、やはりそれは「読みたいから」でしょう。そこには、知識を得る以上の何かがあるはずです。浪漫や夢、幻想といった、ちょっとした白昼夢を体験するために、人は小説を手に取るのではないでしょうか。

英語の小説を読む場合も同じで、まずはそれを楽しむことが必要であると私は考えます。「この本を読み込むことで英語をマスターする」のではなく、「大好きなこの本で英語を勉強したい」というモチベーションの方が、幾分か健康的です。

まずは、好きな作家を見つけましょう。パブリックドメインを読みあさるのも良いでしょう。合わないと思ったら読むのを止めても構いません。まずは自分が楽しめる本を見つけ、そこから何かの学びを得る。その順序さえ間違えなければ、小説を読みながら語彙を高めたり、英語の自由度について再確認したり、あるいは書き留めておきたくなるような素敵な表現に出会えたりするかもしれませんよ。

堂本秋次
実務翻訳者、プロマジシャン。英検1級、国連英検A級、TOEIC965を保有。大学時代は、ネイティブスピーカーの教授の指導のもと、言語学を専攻していた。医学、自然科学等を専門とする多芸多才な翻訳者。 詳しいプロフィール / 記事一覧

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