学ぶとは、マネることである。

翻訳者・堂本秋次が語る『マジシャンと翻訳家』

      2017/05/21

堂本秋次という名前には、二つの顔があります。一つは翻訳家、校正者、英語学習のアドバイザーなどとしての言語のスペシャリストとしての顔、もう一つはカードマジックを専門とする奇術家としての顔です。こうなると、自己紹介をする機会がある際、ふとこう考えることがあります。「マジシャンで翻訳家の堂本だと名乗るのと、それとも翻訳家でマジシャンの堂本だと名乗るのと、どちらの方が良いだろうか」

それでも多くの場合、いくら考えてどちらのケースを採用しても「マジシャンなんですか!」と食いつかれることが多いので、今では翻訳家としての顔でその場に居るときは「翻訳をやっています」とだけ伝えるようにしています。思うに、「翻訳家かつマジシャンである」というステータスは、奇妙な組み合わせであるように感ぜられるのでしょう。しかし、僕自身の視点で振り返ってみれば、僕が翻訳家でありマジシャンでもあるのは、必然としか思えないのです。

僕がプロのマジシャンを志すと決めたのは、大学二年生の頃でした。それまではただの趣味だったマジックですが、大学生として行動範囲が広がり、バーなどにも顔を出すことができる年齢になってから、「自分の技術で他の人を楽しませることができる」ということに確信を得て、それを仕事にしたいと思うようになったのです。それから大学在学中に家庭教師などのバイトをして、一年間を誰にも頼らずに活動できるだけの資金を貯めました。そうして親に決意を伝えたとき、案外軽く「いいよ」と言われたのが今も印象的です。

プロのマジシャンになるのに資格は必要ありません。プロだと名乗れば、その瞬間にプロとして活動することができます。だからこそプロ”らしさ”が重要であり、他のプロとの差別化が重要だと考えました。そして、日本人の多くは英語が苦手であること、従ってほとんどのマジシャンは英語ができないであろう、ということに行き当たったのです。つまり、多くの日本人のマジシャンは、海外のマジシャンが発表した新しい原理や手法といったもののうち、翻訳が必要ないようなものしか取り入れることができない、または翻訳が完了するまでそうしたものを取り入れることができないという環境にあったのでした。僕が積極的に海外のマジシャンの書籍や研究書、その他映像資料などを直接輸入して読み込んだのは、そうした背景を逆手に取ろうと考えたからです。自分自身の英語力については、得意であるという自負もありましたし、得意に至るだけの研鑽を積んだという矜恃もありました。そして何より、英語が好きでした。それこそ、マジックと同じ程度には。

マジシャン同士の取り決めのようなものもあるため、僕が当時に読んだ書籍や研究書の名前を直接ここに書くことはできません。しかし、そうした独自のルートで非常にプライベートなノートや最先端の理論といったものを多く取り入れることができました。そうしてマジシャンとしても独自のスタイルを確立し、クライアントの方々にも「今までに無いタイプだ」と太鼓判を押して頂けるようになったのです。

しかし、独自のスタイルを確立したことにより、逆にオールマイティさに欠ける結果となってしまいました。専門的で職人技的ではあるものの、派手さに欠け、一般的に想起される華やかなマジシャン像とは離れたスタイルになってしまったのです。自分自身ではそのスタイルを貫きたいと考えていたのですが、そうなるとクライアントの絶対数も少なくなってしまいます。専門性が高いマジシャンよりも、何でもこなすマジシャンの方が色々な依頼を並行して受けることができるからです。スタイルを貫くかスタイルを捨てるか、決断の時が迫っていました。

そして僕は、スタイルを貫くことを選択したのです。僕のありのままのスタイルを好ましいと感じてくれるクライアントのためだけに技術を活かそうと決めました。そしてこのとき、翻訳家としての活動も始めることになります。スタイルを貫くために、別の収入源が必要だと考えたのです。

マジックのための研究資料については、最初は分からない単語や文の結びが多かったものの、「マジシャンとして研究のために」という目的意識もあったことで、徐々に英語の読書スピードは上がっていきました。後々にはマジシャンが書いたノートだけではなく、心理学の研究書や論文、その他マジックに活かせると思ったものは何でも英語・日本語に関わらず読んでいたため、この英語力を活かした仕事もできるのではないか、と思い至ったのです。そうして、マジックに関連しない翻訳の仕事の受注を開始しました。

翻訳者として受注を始めて思ったことは、「英訳・日本語訳ができることと、翻訳ができることは全くの別物だ」ということでした。英文を読んで意味を理解できても、それを日本語にしようとするとどうにも不自然な文章になってしまう、といったことが頻発したのです。そして、「翻訳力とは原文の読解力と日本語の表現力の総体と言えるのではないか」と考え、まずは英語の文法を一から確認していくことにしました。冠詞をどのように使い分けるべきかといったことや、助動詞や前置詞が持つニュアンス、難易度の高い構文までおさらいし、原文読解力の根幹となる文法に抜けがないように努めたのです。それに並行して、単語力の増強も意識的に行いました。

英語の文法と語彙力をある程度身につけたところで、日本語の表現力を身につけるために自分の日本語力を見直すこととしました。句読点の位置や助詞の使い方、ひらがな・カタカナ・漢字の割合、日本語の語彙力に至るまで見直しました。そうしていく中で英語と日本語の構文の違いや文法上乖離しやすい意味合いなどに着目することができ、より日本語らしい訳出ができるようになっていきました。

こうした学習に加えて、クライアントに信頼感を持ってもらうために英検一級の取得に向けた学習なども並行し、クライアントに与える第一印象の分析と改善を行いました。もちろん、こうした取り組みは今も続けており、おそらくこれからも終わることはないでしょう。何事であっても、常に学び続けて他のプロとの差別化を図っていかなければ、プロとしての実力を培うことはできないからです。

翻訳業が起動に乗るにつれて、逆にマジシャンとしての仕事の受注件数は減っていきました。しかしそれは、それだけ僕の回りに、僕というマジシャンを選んでくれたクライアントが残った、ということでもあり、そのスタイルに評価を見いだしてくれた人たちが残ったということでもあります。実を言うと、スタイルに合わないパフォーマンスの依頼も受注していた頃と比べても、収入が大きく減ったということもないのです。

こうして、翻訳家でありマジシャンでもある現在に至ります。普段は翻訳者として日本語と英語の橋渡しをしながら、時折舞い込んでくるパフォーマンスの依頼をこなしています。翻訳家としてもマジシャンとしてもまだまだ学ぶことが多く毎日が発見の連続ですが、少なくとも大学二年生の頃の自分よりは、現実に根ざして理想的な形に近づけているのではないかと感じています。

堂本秋次
実務翻訳者、プロマジシャン。英検1級、国連英検A級、TOEIC965を保有。大学時代は、ネイティブスピーカーの教授の指導のもと、言語学を専攻していた。医学、自然科学等を専門とする多芸多才な翻訳者。 詳しいプロフィール / 記事一覧

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